Weather Learning Diary

日常的な気象予測や天気図理解ができるようになりたい気象勉強中の社会人ブログ

【気象学勉強】第13回 水の状態変化と潜熱

さて,前回は雲の種類について勉強しました。

高度が上がり気温が低くなると水蒸気が水に変わって雲を生じることが分かりましたが,今回はこの水の状態変化についてもう少し理解を深めようと思います。

 

水の状態変化

水をやかんに入れて沸騰させ続け,いつの間にか空焚き状態にしてしまった経験がある方もいるかもしれません。

このとき水分子は熱せられたことによって運動が活発となり,水分子間の結合を振りほどいて水蒸気へと変化します(蒸発)。

逆に冷たい水を入れたコップを放置しておくとそのコップの周りに水滴が現れてきます。これはコップの周りの水蒸気が冷やされたことで水へと変化したためです(凝結)。

 

そして水は冷凍庫に入れると氷へと変化し(凝固),氷を室温で放置すると水に再び形を変えます(融解)。

他にもドライアイス二酸化炭素へと固体から直接気体へと変化する昇華という現象がありますが,水でも圧力を思い切り低くしてやれば氷から直接水蒸気へと変化させることも可能です。

 

 

このように水分子は,固体(氷)・液体(水)・気体(水蒸気)の3つに状態を変えることができ,この変化を状態変化もしくは相変化と呼びます。気象学の場合は特に水の状態変化を理解することが極めて重要になります

もちろん水分子だけではなく他の物質にもこの状態変化は起こり,鉄なども1500℃まで加熱するとドロドロの熱い液体に変化しますし,さらに2800℃になると気体へと変化します。

 

潜熱

物質が状態変化する際に放出したり吸収したりする熱のことをまとめて「潜熱」と呼びます。なんだか漢字からして難しそうですね。

 

しかし,実際の日常の例を出して考えたらそんなに難しいことはありません。

 

例えば夏の暑い日に家の周りに水をまく「打ち水」。

まかれた水は蒸発するときに地面の熱を奪うことで水蒸気へと変化します。その結果,地面付近の温度が下がることになり夏の暑さを和らげることができるのです(打ち水によって数℃体感涼しくなるようです)。

プールから出たときに風が吹いて寒さのあまり歯をガチガチさせた経験は誰にでもあるでしょう。こちらもまったく同じ現象で,体についた水が私たちの体温を奪って水蒸気へと変わったことに起因します。

このように,水が水蒸気になるときには周りの熱を吸収するので,結果的にその周囲の温度が下がるワケですね。

 

では逆に,水蒸気が水に変化するときは周囲の温度が上がるのでしょうか?

実は,その通りなのです。

 

例えばアパレル企業が開発している「吸湿性発熱繊維」というものがあります。

これは水蒸気が水に代わるときに発熱するカニズムを利用しています。

体から発せられた汗などの水蒸気の分子は活発な運動をしているワケですが,水を吸着しやすい物質を繊維に混ぜ込むことにより水蒸気の水分子が繊維に捕捉されます。すると動きを奪われた水分子は,その余分なエネルギーを熱として放出し,その結果衣類が暖かくなるんですね。

CM内でもそのことが表現されていますよ。

www.youtube.com

このように水が水蒸気に変化するときには周りの熱を吸収し,水蒸気が水に変化するときは周りに熱を放出するんですね。繰り返しになりますが,状態変化する際に移動する熱のことを潜熱と呼びます(状態変化を伴わずに熱が移動するときは,潜熱に対して顕熱と呼ばれます。水がお湯になるなど)。

 

潜熱と熱量

ではこの潜熱によってどのくらいの量のエネルギーがやりとりされているのでしょうか。水の状態変化に伴う熱量の出入りを詳しく見ていくことにします。

 

まずは氷と水の状態変化に伴う潜熱について考えましょう。

例えば冷凍庫内に氷があるとして,最初は氷の温度はだいたい冷凍庫と同じ温度になっています。しかし室温に放置すると徐々に温度は上昇し,やがて氷は0℃になると融け始めます。そしてこのとき,実はかなりのエネルギーを必要とするのです。

氷が周りから吸収する熱量融解熱)は  334  \rm{kJ/kg} 。ここで融解熱とは,0℃の氷1kgを0℃の水に変化させるときに必要な熱量のことです。うーん,でもあんまりどのくらいの熱量かピンとこないですよね。

日常的に用いられている  \rm{cal(カロリー)} に換算してみましょう。カロリーにすると*1

    334  \rm{kJ/kg} = 80  \rm{kcal/kg}

となります。

1 cal とは 1g の水を 1℃上昇させるのに必要な熱量のことですので,氷1kgの融解熱( 334  \rm{kJ/kg})を使えば,単純計算で1kgの0℃の水を80℃まで上昇させることが可能です。意外とスゴいエネルギー量だということが分かりました。

そして逆に,0℃の水1kgが0℃の氷に変化させたときに放出される熱量 334  \rm{kJ/kg} になります。こちらは凝固熱と呼ばれます。

水が氷になるのに必要な熱量と,氷が水になるのに必要な熱量は,熱を吸収するのか放出するのかの違いはあれど値は同じになるということです。

 

 

同じようにして今度は水と水蒸気の状態変化に伴う潜熱について。

100℃の水1kgを100℃の水蒸気に変化させるために水が吸収する熱量を蒸発熱(もしくは気化熱)と呼びます。

この蒸発熱は  2442  \rm{kJ/kg} 584  \rm{kcal/kg})。単純計算で1kgの0℃の水を余裕で沸騰させることが可能な熱量です。

そして100℃の水蒸気1kgが100℃のお湯になるときに放出される凝結熱も同じ  2442  \rm{kJ/kg} になります。

 

上記の潜熱の値を図で表現すると以下のように書けます。

このように潜熱とは実際に手で触って確かめられないエネルギーではあるんですが,状態変化に伴い相当な量のエネルギーのやり取りが行われているのが分かりました。

これまでは1kgの氷や水の話でしたが,気象現象ともなるとこれがものすごい大規模なスケールで起こっているワケで,それによる自然への影響はとても大きいことが容易に想像ができます。

 

潜熱とフェーン現象

ここからは潜熱がどのような気象現象と関連しているかについていくつか例をあげて言及しておきます。

 

雲は水蒸気が水へと凝結することで出来るのですから,これまでの理屈で考えると雲の周囲の大気は放出された潜熱(この場合凝結熱)で温められて温度が上昇することが予想されます。そして実際そうなのです(ただし,すべての熱量が大気を温めるために使われるのではなく,一部は雲中の水滴自体の加熱にも使われるようです)。

すなわち雲ができる場合は潜熱で暖められながら空気は上昇をするということになるので,雲をつくらない場合と比較して気温減率は小さくなります

 

フェーン現象という気象現象があります。

山を越えた風が風下側のふもとに吹き,その付近が乾燥し気温が高くなる現象のことで名前を聞いた方も多いでしょう。

例えば1933年の夏には山形市が史上最高気温40.8℃,湿度26%を記録したのもフェーン現象が原因の一つであると考えられているようです。

 

ここで上のように2000mの山を空気が越えて反対側へ吹き抜ける場合を考えます。

風上側の気温が25℃だった場合,最初は雲を生じずに100mあたり約1℃で気温が下降します。標高1000mでは計算すると15℃の気温になっているはずですね。

そして標高1000m付近から飽和水蒸気量に達して雲ができ始めるとすると,やがて雲は雨を降らせますが,このとき潜熱によって気温減率は小さくなります。だいたい100mあたり0.5℃の気温下降の割合です。ですので山頂では10℃になりますね。

そして山頂からは風は山の斜面を下るわけですが,徐々に気温が上昇するので湿度は下がっていきます。乾燥して雲も作らないので,気温は100mあたり約1℃で上昇することになります。

結果的に山のふもとに着いたときには,風上側と比較して5℃も気温が高くなっているのです。これがフェーン現象のメカニズムです。

こんな風に身の回りの気象現象に潜熱が重要な役割を果たしているんですね。

 

フェーン現象とボラ現象

フェーン現象が出てきたので,ここでボラ(ボーラ)現象についても説明しておきます。

例えば,日本海側と太平洋側を隔てる山があったとしましょう。山の麓の平野において日本海側の気温は5℃,太平洋側は15℃だとします。

ここで冬には北からの非常に冷たい風が吹くとして,山の斜面を昇降したとき,下の図のような気温変化を辿ります(空気が冷たいため含むことのできる水蒸気量は少ないのですが,フェーンと同じように1000mから2000mで雨を降らせるという想定で話を進めます)。

フェーン現象と同じく山頂から山の麓までは断熱圧縮によって気温が上昇しますが,もともとの気温が低かったため,日本海側から持ち上げられて山を吹き降りてきた空気の温度は10℃に上昇するものの,風下にある山の麓の気温15℃には届きません。

断熱昇温の効果を加味しても,風が吹き降りる平野の気温よりも下回ってしまって,風下の街では気温が低下することがあるのです。これをボラ(ボーラ)現象と言います。

 

このように,山を下ってきた風が麓の街の気温よりも高ければ気温は上昇して「フェーン」になりますし,低ければ気温は降下して「ボラ」になるということです(メカニズムは全く同じ。気温が上がるか下がるかの違い)。また,ボラ現象を引き起こす山からの冷たい風は日本では一般的に「おろし(颪)」と呼ばれています。

 

潜熱と台風

最後にもう一つ。潜熱と台風との関係について。

毎年9月ごろにやってくる台風。日本各地で大きな被害をもたらす非常に危険で厄介な気象災害です。

台風は熱帯低気圧が発生・発達して,ある風速の閾値(最大風速が秒速17.2m)を超えた時点で「台風」と名付けられます。北大西洋・太平洋で発生するものはハリケーン,インド洋や太平洋南部で発生するものはサイクロンと呼ばれますが,風速の基準に違いはあるものの熱帯低気圧が発達して強くなったもので本質的には同じものと考えて差し支えありません。

さて,台風1個あたりのエネルギーは   1.5×10^{18}  \rm{J} とも言われており,これは広島型原子爆弾で2万発以上に相当するほどのとてつもない値です。そして実は台風へと発達するときのエネルギー源が水蒸気の潜熱なのです。

 

温度の高い海上にある湿った空気が上昇すると,上昇に伴う気温の低下により水蒸気が凝結して雲になります。そして水蒸気から水へと変わるときに潜熱が放出されます。放出された潜熱によって空気は暖められるので膨張して気圧も低下。気圧が低下すると,周りの気圧との差が大きくなり上昇風が強くなって,その風がより多くの水蒸気を上空へと持ち上げられて雲が発達するといったような正のサイクルが起こるのです(第2種条件付不安定と呼びます,詳細は下記事参照)。

weatherlearning.hatenablog.jp

 

このように,ただの水蒸気と水の状態変化だけで凄まじいエネルギーを作りだすことができるんですから『潜熱侮るなかれ』ですね。

 

 

【まとめ】学習の要点

今回学習したところで重要そうなところをメモしておきます。

自分的メモ!
  • 水分子は,固体(氷)・液体(水)・気体(水蒸気)の3つに状態を変えることができ,この変化を「状態変化」と呼ぶ
  • 氷が水になることを「融解」,水が水蒸気になることを「蒸発」,水蒸気が水になることを「凝結」,水が氷になることを「凝固」という。
  • 状態変化する際に移動する熱のことを潜熱と呼ぶ。
  • 状態Aから状態Bに必要な熱量と,状態Bから状態Aに必要な熱量は,熱を吸収するのか放出するのかの違いはあれど値は同じになる。
  • 水蒸気が凝結して雲ができる際に潜熱が放出されるので,雲をつくらない場合と比較して気温減率は小さくなる。それがフェーン現象などの気象現象を引き起こす。
  • 台風へと発達するときの熱帯低気圧のエネルギー源が潜熱である。

 

参考図書・参考URL

下記のサイトから画像などを一部お借りいたしました。

*1:1 cal = 4.2 J