気象を勉強していると,これまで全く聞いたこともなかったような専門的な用語に出くわしたりします。
例えば温度移流だとか,静力学平衡だとか,温度風に湿数にカルマン渦などなど。
今回はそんな気象用語についてそこはかとなく書きつくっていくことにします。
良いネーミング
気象用語の中にも,これは良いネーミングをしたものだと感心するものもあれば,今一つピンとこないネーミングもあったりします。
まずは個人的良いネーミングから。
良いネーミングの代表といえるものとして私は「オゾンホール」を挙げておきます。
ここ最近,「オゾン層の破壊」という言葉をニュースなどであまり聞かなくなりましたね。これには理由があって,実は人類の努力によって,オゾン層破壊の問題が解決に向かっているからなのです。2066年にはオゾン層が1980年の水準に回復することが国連から発表されています。
そして人類がこの問題を解決しようと動き出したきっかけの一つとして「オゾンホール」という命名が一役買っているのではないかと私は考えています。
何と言ってもその名前の分かりやすさ。オゾン層という宇宙からの紫外線をブロックしてくれる気層に穴が開いているということがこのワードに表現されています。
もちろん名前だけではなく,衛星から撮影された写真も大きなインパクトを与えたことは間違いないでしょう。
こういった危機的状況を端的に分かりやすく表現し,人々に行動を起こさせたという点で「オゾンホール」という言葉の果たした役割は大きいと思いますし,そういう意味で非常に良い名前をつけたものだと感心させられるのでした。
イマイチなネーミング
その一方であまりピンとこない気象用語もあります。というか,こちらの方が圧倒的に多いように思います。まぁ専門用語というのは概してそういうものなのかもしれません。
まず一つ目に「鉛直P速度」。『めざてん』さんのサイトでもこの点についてはあまりセンスのあるネーミングとは言えないと言及されており,ごもっともだと同意します。
これはおそらく,vertical velocityという英語を訳したものだと思いますが,そもそも元の英語のワードの時点で方向性を踏み外していたようです。
実技試験の勉強をしていると鉛直P速度は頻出であり,特にその符号を問う問題が多い印象にあります。上昇流ならマイナス(負),下降流ならプラス(正)になるんですけど,渦度などとセットにして覚えようとすると頭を混乱させる末路を辿ります。
この鉛直P速度というのは1時間あたりの気圧の変化量のことでありますので,プラスならその1時間で気圧が高くなった=すなわち下降流となった,マイナスならその1時間で気圧が低くなった=すなわち上昇流となった,とすんなりと頭の中に入ってくるのですが,「鉛直P速度」という言葉に置き換わった途端に,「速度がマイナスになるということは・・どういうこと?」みたいに,たちまち混乱してしまうのです。
ということで,頭の中では「鉛直P速度」という言葉を「1時間あたりの気圧の変化量」という風に翻訳しつつ,気象を知らない人の前では「これは鉛直P速度がマイナスだから・・」という風にいかにも専門家面をして周囲の尊敬のまなざしを集めるのがエレガントな紳士・淑女の立ち振る舞いと言えるでしょう。
そしてもう一つ分かりづらいネーミング。
「顕著な大雨に関する気象情報」。2021年6月から提供が開始された,比較的新しい防災情報の一つです。
この情報に関しては以前に記事にまとめてはいるんですが,ただでさえ大雨に対する警報・注意報が多い中で(大雨特別警報,大雨警報,大雨注意報,記録的短時間大雨情報など),そこにさらに新しく追加されるということに対しては専門家の中でも議論があったようです。
特にこの「顕著な大雨に関する気象情報」は線状降水帯による激しい雨の状況を伝えるものらしいですが,名前のどこにも「線状降水帯」という文字が入っていないワケですから,その意図が人々に十分に伝わらないのは明らかではないかと。この気象情報に限らず,気象庁の発表する警報や注意報関連はいろんな情報が乱立していて分かりづらいというのは多くの方が納得するところではないでしょうか。いつぞやのネットの書き込みで「気象庁はコピーライターを雇った方が良い」というコメントに大きく頷いてしまったことを思い出しました。
命に直結するような危機的な状況の中で人々に安全な行動を呼びかけるには,「オゾンホール」のような端的でその意図が伝わるインパクトある名前が意外と重要な役割を果たすのではないかという点について,もう少し本気で考えても良いのではと思ったりしています(近年は気象庁の方でもその点は認識しているようで,名称および発表基準を統一化する方向性で動いてはいるようですが)。
あくまで個人的意見ですので,皆さんがどう考えるかはそれぞれですが,こんな風にして気象用語について客観的に批評したりするのも気象の勉強の一つとして捉えられると,複雑で覚えるのも大変なものでも暗記することが少しだけ楽しくなるような気になります。