Weather Learning Diary

日常的な気象予測や天気図理解ができるようになりたい気象勉強中の社会人ブログ

第64回気象予報士試験レビュー~実技2:大気潮汐~

 

先日の記事に続いて,第64回気象予報士試験をレビューしていくことにします。

今回の記事は,実技試験について。実技1は特に何の特徴もない問題で深掘りのしがいはなかったのですが,実技2については見慣れない用語もあって興味を持ちました。

 

この記事では,実技2で出題され,私が初めて耳にした「大気潮汐」というものについて深掘りしていきます。

 

 

潮汐とは

先日,カムチャツカ半島地震に伴う津波が日本に到達した際に,潮の満ち引きについて勉強しました。

上の図のように,地球と月は引力によって引き合っており,月に近い側では月の引力が強く,海水が月に向かって引っ張られる力も強くなります。同時に,月と反対側にある海水も,遠心力の影響で海水が膨らんでいます。

地球は24時間で1回転するため,1日に2回満潮と干潮が繰り返されるのです。

 

このように,月(あるいは太陽による引力。ただし太陽の引力は月の半分以下の影響)によって海面が昇降する現象を「潮汐(=潮の満ち引き)といいます。

 

大気潮汐とは

大気も海面と同様に,太陽や月によって周期的に運動していることが分かっており,1日2回昇圧と降圧を繰り返しています。これを「大気潮汐」と呼びます。

ただし,大気潮汐の主な原因は月の引力ではなく,太陽光の大気の加熱による空気の膨張によって引き起こされます*1。すなわち力学的要因は小さく,熱的要因による影響が大きいということですね。

 

太陽放射からの加熱(熱的要因)によるものとしては,1日2周期の「半日潮汐」,1日1周期の「1日潮汐」があります。半日潮汐は最も顕著な大気潮汐であり,(赤道上で)地上気圧で1.2hPaの振幅があります。また,1日潮汐は 0.6hPa程度の振幅として観察されます。

一方,月の引力(力学的要因)による1日約2周期の「太陰潮汐」もありますが,太陰潮汐による地上気圧変動は0.06hPa程度であり,熱的要因と比較して一桁小さいのです。

 

下の図は,1925年1月にインドネシアジャカルタで行われた地表気圧測定の時系列データです(Atmospheric Tides - an overview | ScienceDirect Topicsより引用)。平均気圧約1011hPaから1~2 hPaの偏差があり,これは12時間間隔で定期的に発生していることが分かります。

この変動こそが,太陽による半日潮汐の証拠を示しているのです。

なお,半日潮汐の地上気圧への変化は,世界中どこでも現地時間の午前と午後にピークがある波として現れるようです。

 

大気潮汐の仕組み

では,熱的要因による大気潮汐がどのように引き起こされるのか,もう少し詳細を追ってみましょう。

 

先述したように,大気潮汐の主な要因は太陽放射の加熱に伴う空気の膨張によるものです。昼間,太陽は赤道付近の上空を強く加熱し,夜になると冷えて収縮します。この「加熱と冷却」が1日周期で起きると,大気に波ができていきます。

しかし,そう考えると,「昼と夜」だから1日周期になりそうですが,実際には半日周期のほうが強く出ます。これは一体どうしてでしょうか。

 

その理由は,オゾン層での加熱と波の伝わり方にあるようです。

オゾン層が紫外線を吸収して周期的に膨張・収縮すると,この振動が上下方向に伝わることで,地上の気圧変化に反映されるのです。地上の空気の膨張ではなく,上空の空気の膨張が重要なのですね。

そして,太陽の加熱は確かに1日周期ではあるのですが,大気の反応は圧力波の振動となって,1日周期のほかに,半日周期,8時間周期,6時間周期などの固有の周期をもった小さな波の振動に分かれるのです。

そして,半日周期の波長は長く(約100 km),オゾン層の厚さを超えて地上まで伝わりやすいという性質があります。その一方,1日周期の振動は波長が短く,オゾン層の厚さに比べて上下に打ち消されやすいのです。

このため,1日周期の振動は地上まで伝わりづらく,半日周期が相対的に強く現れることになるわけですね。

 

大気潮汐の人間への影響

大気潮汐は我々人間にも影響を与えることがあります。

それが「天気痛」です。天気が崩れると,頭痛が起こる症状です。

特に温帯低気圧や台風の接近に伴って発症する方が多いようですが,毎日決まった時間に頭痛が起こる方は,大気潮汐が原因になっている可能性もあるのだとか。

大気潮汐が原因の場合は,たとえ天気が晴れていたとしても,頭痛や関節痛などの天気痛の症状が出ますので,天気が良いからといって安心はできないのです。

 

実技2 問2 大気潮汐を考慮した地上気圧変化

さて,これまでの内容を頭に入れたうえで,ここからは,実技2で出題された問題を見ていきましょう。

ただ,大気潮汐について知らなくとも問題自体は解けるようになっています。

問題

(1) 図1東シナ海の低気圧およびその周辺600海⾥の範囲において、気圧の分布が、過去3時間、東シナ海の低気圧と同じ移動⽅向と速さで移動したものとしたときに想定される、10⽇21時の⿅児島における前3時間の気圧変化量㋐を、0.1hPa 刻みで符号を付して答えよ。ただし、ここでは⼤気潮汐の影響は考慮しない。

 

(2) 表1 で⽰された観測地点の海⾯気圧の変化と⼤気潮汐の影響について述べた次の⽂章の空欄(㋑)、(㋒)に⼊る適切な数値を、符号を付して、四捨五⼊により⼩数第1位まで答えよ。

 図1 によると、⽇本とその周辺の等圧線の間隔は広く、じょう乱の速い移動や急速に発達する低気圧はみられない。また、表1 に⽰した4地点における前12時間の気圧変化の平均は(㋑)hPa であり、変化は⼩さい。⼀⽅、表1 の4地点の前3時間の気圧変化の平均は(㋒)hPa であり、後者が明らかに⼤きい。これは、主として図5 のような気圧変動のパターンが、地球の⾃転に伴い、東から⻄に向かって1⽇で1周する「⼤気潮汐」の半⽇周期成分の影響によるもので、⽇本付近では図4 のように9時頃と21時頃に気圧の極⼤が現れる。

 

(3) (1)(2)に基づき、東シナ海の低気圧の盛衰に関する次の⽂章の空欄(㋓)、(㋔)に⼊る適切な数値を、符号を付して、四捨五⼊により⼩数第1位まで答えよ。

 10⽇21時に⿅児島で観測した前3時間の気圧変化量は(㋓)hPa である。このうち、⼤気潮汐による前3時間の気圧変化量を、図4 に基づき+0.7hPa とすると、低気圧が発達も衰弱もせずに移動すると仮定した場合の、⿅児島の前3時間の気圧変化量の推定値は ㋐ hPaであるので、低気圧の盛衰のみによる、⿅児島の前3時間の気圧変化量は(㋔)hPa と推定される。

【解説】

(1)まずは図1の等圧線が,東シナ海の低気圧と同じ移動⽅向と速さで3時間移動していると考えたときの,鹿児島の前3時間の気圧変化量を計算すれば良いということですね。

 

低気圧は15ktの速度で東北東に進んでいますので,3時間では45海里分だけ気圧配置が平行移動したと考えられます。

緯度10度分(600海里に相当)は定規で測定すると4cmですので,45海里は

    \small{4×\dfrac{45}{600} = 0.3}(cm)

に相当し,地図上で西南西に0.3cm平行移動した線が3時間前の等圧線になります。

鹿児島を通る,東北東方向に沿った1012hPaと1016hPaの等圧線間隔は2.2cmと測定できますので,3時間の気圧変化は単純に0.3cm分を考えて,


   (気圧変化)= \small{(1012-1016)×\dfrac{0.3}{2.2} = -0.545}(hPa)

 

より,四捨五入して -0.6hPa(-0.5hPaも可) が答え。地図が細かいので,読み取りが大変な問題でした。

 

 

(2)これは図1表1を見て答える問題。特に難しくはありません。

まず,㋑ですが,鹿児島と松江,潮岬,輪島の4地点の前12時間の気圧変化の平均を求めればいいだけです。名瀬を含めないことには注意しましょう。表は0.1hPa単位で表した海面気圧の下3桁という注意点を考慮して表1から以下のように計算されます。

 

(前12時間の気圧変化の平均)=

    \small{\dfrac{(13.3-13.4) + (15.1-15.2) + (16.7-16.4) + (16.9-16.4)}{4}=0.15}

 

より,四捨五入して +0.2hPa が答え。

 

次に,㋒ですが,鹿児島と松江,潮岬,輪島の4地点の前3時間の気圧変化量の平均を求めればよいのです。前3時間の気圧変化量は天気図記号から読み取れます。

 

(前3時間の気圧変化量の平均)= \small{\dfrac{(+0.9) + (+0.8) + (+0.6) + (+0.8)}{4}=0.78}

 

より,四捨五入して +0.8hPa が答え。1時間当たりに換算すると,㋑の値は㋒の値に比べて明らかに小さいので,㋑の値は無視して考えても良いということのようです。

 

 

(3)これも(1)と(2)が正解していたら,ただの計算問題です。

鹿児島の天気図の記号から  +0.9hPa が答え。これが鹿児島で実際に観測された気圧変化です。

そして,

(観測された変化㋽)=(等圧線移動による変化㋐)+(大気潮汐による変化 0.7hPa)+(低気圧盛衰による変化㋔)

ということなので,値を代入して,

   0.9 hPa = -0.6 hPa + 0.7 hPa + ㋔

から, +0.8hPa(㋐を-0.6hPaと答えた場合)が答え。㋐を-0.5hPaと答えた場合は, +0.7hPa としても良いです。

 

このことから,低気圧盛衰に伴う気圧は上昇しているため,低気圧は衰弱方向に向かっていることが示唆されます。

問題を振り返ってみると,大気潮汐についての知識はほとんど不要で,天気図の読み取りが主な作業となるので「この問題の意図は何なのか」と疑いたくなりますが,こんなものもあるんだな,くらいに楽しんで解き進めるくらいがちょうど良いのかもしれません。

 

 

ということで,大気潮汐という言葉は目新しく,初見でギョッとしてしまいそうですが,素直に解いていったら答えが出せる問題でした。

これまで目にしたことがない用語でしたが,大気潮汐というものが日々の地上気圧にも少なからず影響を与えているということを知れたので,個人的には収穫のある問題であったように思えます。

 

参考図書・参考URL

下記のサイトから画像などを一部お借りいたしました。

 

 

*1:月の出は1日で50分ほど遅れることが知られているが,大気潮汐による気圧の極大・極小値は毎日ほぼ同じ時刻であることが分かっている。このことからも,月の影響が少ないことが示唆される