今回は温帯低気圧の発達について勉強していきます。実際に天気図を見ながら考え方を身に着けていければと思います。
天気図の中の温帯低気圧
下の天気図は2023年のとある日の地上天気図です。
ロシアのアムール川下流付近には中心気圧994hPaの低気圧が,本州の南側には中心気圧998hPaの低気圧が北東方向に進んでいることが分かります。
ここで同じ時刻における500hPaの等高度線と渦度の分布を見ていきましょう。今回は本州の南側にある低気圧に着目します。
すると等高度線が南の方に凸の部分があります。ここが気圧の谷(トラフ)となり,赤い二重線で強調すると上の図に書き込んだようになります(初心者なんでトラフの引き方間違っていたら教えてください)。トラフ付近には渦度が正(すなわち低気圧性の曲率がある)の網掛け部分が集中しているのが分かります。
このとき(地上天気図を見てみると)地上の低気圧中心は赤い✕印付近にあるので,上空のトラフは地上の低気圧中心から見ると西側に傾いていることになりますね(これを気圧の谷の軸が上空ほど西傾している,という)。
このように気圧の谷の軸が上空ほど西傾していると,その低気圧は今後発達する可能性が高いことが知られています。
また,下は同じ時刻の850hPaにおける気温(等温線)と風(矢羽根),そして700hPaにおける鉛直流(網掛け部分)を表しています。
すると地上低気圧の前面では(矢羽根の向きから)南よりの風が吹いているのが分かります。南側の方が暖かいので,この風によって暖気移流(温度が高い空気が流れてくること)となります。同じように,地上低気圧の後面では北よりの風が吹いていて寒気移流(温度が低い空気が流れてくること)になっています。
さらに,網掛け部分(鉛直P速度が負)は上昇流域を表しており,低気圧前面で上昇流域となっており,後面では下降流域(白抜き)になっていることも読み取れます。
発達傾向が明瞭な低気圧は,進行方向前面で上昇流域,進行方向後面で下降流域が広がることが多く,低気圧中心の温度移流(暖気移流と寒気移流)のコントラストが明瞭な傾向があるようです。
温帯低気圧の発達とトラフ
ではどうして上空のトラフが地上低気圧中心に対して西にあるとその低気圧は発達する傾向があるのでしょうか?
それには以前勉強した空気の収束・発散が重要になってきます。
ここで,下のように偏西風が蛇行して等高度線が湾曲していることを考えます。中央には等高度線が北側に湾曲した気圧の尾根(リッジ)があり,左右には等高度線が南に湾曲したトラフがあります。
簡単なモデルで考えると,トラフでは風速が小さくなり,リッジでは風速が大きくなると計算できます(詳細は下の記事を参照)。
すると,トラフの前面では空気が疎になるため風の発散場に。一方トラフの後面(リッジの前面)では空気が密になり風の収束場になります。
トラフ前面では疎になった上空の空気を補うために上昇流が生まれ,これにより地上に低気圧が発生しやすくなるんですね。逆にリッジ前面では密となり上空で行き場を失った空気が地上へと逃げてくるため高気圧が発生しやすくなります。
そして地上低気圧によって上昇した空気は偏西風の流れの中(発散場)に逃がされ,低気圧は発達することができるのです(仮に上空が収束場だった場合は空気が上昇しても逃げ場がなくなるので,空気の流れがスムーズにいかずに低気圧は消滅してしまいます)。
よって,上空のトラフが地上低気圧中心の西側に位置しているときは低気圧は発達期となり,上空のトラフが地上低気圧のほぼ鉛直上方向に位置するとやがて衰弱期を迎えます。
温帯低気圧のライフサイクル
ここからは,温帯低気圧のライフサイクルを時間を追ってみていくことにします。
下は気象庁のサイトから引用してきた温帯低気圧のライフサイクルの典型例の概要です(Microsoft PowerPoint - 03_gainen (jma.go.jp)より一部改変)。
まず最初は発生期。
左の図が上空の等高度線(破線),ジェット気流(緑矢印),トラフ(赤二重線)と地上の前線の位置関係を表しています。右図は雲域(茶色線)です。
地上には停滞前線が見られ,暖かい空気と冷たい空気がせめぎ合っている状態です。温帯低気圧はこのような停滞前線上で発生することが多いといいます。そもそも温帯低気圧のエネルギー源は南北の大きな温度差だからです。
また低気圧発生期の雲の形を見てみると,クラウドリーフと呼ばれる木の葉状の雲域が現れます。ちなみに雲の北縁とジェット気流はほぼ一致します。
冒頭に述べた天気図上の低気圧の発生した時刻の雲の様子(赤外画像)を見てみると,下のような雲が広がっていました。
本州の真ん中にかかる雲がクラウドリーフでしょうか。
次に発達期。
発達期では,地上では温暖前線と寒冷前線が形成され,上空のトラフも深まります。
雲パターンは,雲の北縁が大きく北側へと膨れ,これをバルジ(「膨らみ」の意味)と呼びます。これは低気圧の前面で暖気移流が流入し上昇しているのが活発であることを示しています。先ほどの天気図で表現されていた発達傾向のある低気圧の特徴そのものですね。
さらに雲の北縁が北側に膨らむとフックパターンという雲縁の曲率が変わる変曲点(フック)がある形状になるようです。
こちらが発達期と思われるタイミングの雲画像。
そして最盛期。
最盛期になるとトラフの位置は地上の低気圧中心のほとんど真上にくるような形になります。地上の低気圧中心から伸びる寒冷前線が温暖前線に追いついて閉塞前線が形成されます。そして,閉塞前線と温暖前線と寒冷前線の分岐点(閉塞点)の上空をジェット気流が流れるようになります。
また,トラフの後面で生まれる下降気流によって断熱昇温して乾燥した空気が流れてくるため雲の少ない領域(ドライスロット)が見られるようになるようです。
これが当時の最盛期の雲パターン。凹んでいるところがドライスロットかと思います。
最後は衰弱期。
閉塞前線は低気圧の中心から離れたところに位置しています。やがて前線は低気圧の中心から切り離されて,低気圧の渦だけが残ります。
ちなみに前線が切り離されたときの地上天気図。
低気圧中心にあった雲も,雲頂高度が低い雲渦となっていきます。
上の天気図のときの雲画像がこちら。
低気圧中心に厚い雲がほとんどありませんね。
このように,低気圧にも動物や植物のようにライフサイクルがあって,あたかも生きているような動的な挙動を示すんですね。
天気図の中で低気圧がどのように表現されるかは以下の記事にまとめていますので,ご興味あればお読みいただければ幸いです。
【まとめ】学習の要点
ということで,今回学習したところで重要そうなところをメモしておきます。
- 気圧の谷の軸が上空ほど西傾していると,その低気圧は今後発達する可能性が高い。
- 発達傾向が明瞭な低気圧は,進行方向前面で上昇流,進行方向後面で下降流が広がることが多い。
- 発達傾向がある低気圧では,その中心の温度移流(前面で暖気移流・後面で寒気移流)のコントラストが強い。
- 上空のトラフの前面では風の発散場となり,トラフの後面(リッジの前面)では風の収束場となる。
- 気圧の谷の軸が上空ほど西傾していると低気圧が発達しやすいのは,地上低気圧から上昇した空気がトラフ前面の風の発散場に逃がされるという空気の流れがあるから。
- 低気圧発生期:低気圧は停滞前線上で発生することが多い。クラウドリーフと呼ばれる木の葉状の雲域が現れる。
- 低気圧発達期:地上では温暖前線と寒冷前線が形成され,上空のトラフも深まる。雲の北縁が大きく北側へと膨れ(バルジ),やがてフックパターンという雲縁の曲率のある形状に変化する。
- 低気圧最盛期:地上では寒冷前線が温暖前線に追いついて閉塞前線が形成される。低気圧後面から乾燥した空気が流れてくるため雲の少ない領域(ドライスロット)が見られる。上空のジェット気流(の強風軸)は地上低気圧中心のほとんど真上に位置する形となる。
- 低気圧衰弱期:閉塞前線は低気圧の中心から離れたところに位置する。低気圧中心にあった雲も,雲頂高度が低い雲渦となる。
参考図書・参考URL
下記のサイトから画像などを一部お借りいたしました。